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トップ > マツダ ルーチェ > マツダ ルーチェ - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年11月18日 11時)

パーキングブレーキと駐停車考

スコッチです。


ニュースを見ていたら。


坂道に停車していたゴミ回収車が急に動き始め。


そのまま暴走して途中でベビーカーを巻き込んで・・・


でも、その母子は間一髪で逃れたという報道があった。




パーキングブレーキが甘かったか。


それともパーキングブレーキ系統の故障か。


いずれにしても坂道である事と重なり、あわや大惨事だった。



※追記

続報ニュースを見たところ、第三ブレーキスイッチをONせずとの事。


私はこのシステムをよく知らないのだが、トラックでは常識なのか?


でも、パーキングブレーキがまず最初じゃないのか?


よくわからないので、もう少し調べてみたいと思います。


また、知っている人がいたら是非コメントをお願いします。


パーキングブレーキ(PKB)に関するトラブル。


実は私もPKB故障と思われる事例を目撃した事がある。


ある大型の公的駐車場であったが。


通路を挟んで私の斜め前に駐車していた軽トラ。


突然スルーっと後退してきて、私の横の車両に衝突したのだ。




でも、どちらの車両にもドライバーは乗車していなくて。


私も含め周囲のドライバーもその状況に困惑するという。


結局その駐車場の管理事務所に連絡して対応してもらったけど。


数分前まで駐車できていたという事は。


その時点まではPKBは効いていたというわけで。


というか、何とかギリギリ踏ん張れていたが限界に達したのだろう。


結局PKBのトラブルという事にはなると思う。




軽トラ側の駐車スペースはわずかに坂になっていたらしい。


人の眼にはわかりにくいが、クルマは正直に反応した。


PKBの効きを失い、そのまま後退してしまったのだ。


そして、おそらく軽トラなのでMTの可能性が高く。


ATのようにPレンジによる固定も無いので。


PKB一本で静止させているので、ここがアウトになると。


そのような事象が起こってしまうわけだ。




駐停車って本当は凄く大事だと思う。


特に乗員が車両から離れる場合は一層注意したいものだ。


少なくとも二重の対策を取っておくべきだと思う。


ATならPKB+Pレンジ、ではMTならどうする?


一般的に知られているものでは。


上り方向なら1速/2速でステアリングに切っておく。


下り方向ならRでステアリングを切っておくと。


ステアリングを切れというのは、特に路肩で縁石がある場合。


そこをストッパーにできるようにという意味でだ。




まあ、さらに言えば輪止めを掛けておくという手もある。


何にしても無人状態の車両には万全を施せという事だな。


でも、どうも世の中のドライバーは危機管理が甘いのかな。


そういえば、私のディーラー時代の先輩にも。


AT車でも絶対Nでしか駐停車しない人がいたけど。


「何故Pレンジにしないのですか?」と聞いたら。


「何故って・・・Nレンジでも始動できるだろ(苦笑)」と。


そりゃNでも始動できますけどね・・・


より確実に駐停車させる為にはPレンジが有効でしょうよ。




無人状態の車両での心配事。


最近では車上荒らしや、車両盗難なのかもしれないが。


それ以前にPKBの故障などで勝手に動き出さないかという事。


でも、大方の人は何となく駐停車しているだけなんだろうな。


改めて駐停車への配慮と、主軸のPKBの効き具合について。


今回のニュースを機に考えた次第である。

作者:

更新日:2008年11月18日 16時11分

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周波数の境界線

スコッチです。


東大生タレントの三浦奈保子さんのブログを読んだ。


http://ameblo.jp/miura-naoko/entry-10165718482.html




周波数の件、彼女のような才媛でも知らなかったのか・・・


日本人として、日本国内在住者として。


この件は誰しも知っている事実だと思っていた私はショックだった。


特に私のように静岡県在住者の場合は。


周波数切り換わりの分断地帯である為、この件はごく当たり前であり。


東京電力(富士川以東)中部電力(富士川以西)という。


二社管轄の県であるからな・・・




子どもの頃はこの事実を理解させる手段の一つとして。


「東海道新幹線に乗車したら富士川横断時に車内照明をよく見ろ!」


そう言われたものだ。


新富士駅~静岡の間に富士川はあるのだが。


周波数が切り換わる時、照明が一瞬乱れるというものだった。




でも、私はある時まで三島駅より下り方向で新幹線を利用した事が無く。


その事を観察する機会もなく。


また、今では名古屋方面に行く時は乗車する事があるものの。


昔より制御が向上しているせいか、あまり気付かないようにも思う。


となると、大半の人々は周波数の変換を目の当たりにする事もないのか。




進学や就職で西日本地区から上京してくる人もいるだろうが。


今では家電製品も全国対応で内部制御で周波数変換できるし。


故郷から東京に家電製品を持ち込んでも何ら問題も無い。


少なくともそこで東日本と西日本の違いは感じないだろうな。


私は東京電力管内から中部電力管内(愛知県)に一時赴任していたが。


確かにその私もまた周波数の変化を実感できる事は無かったな。


今は地元に戻ってきているけど。


このブログを打ち込んでいるパソコンはあちらで買ったものだし。




もう一つ、富士川を境に周波数が切り換わるという点だが。


これもまた意外と知らない人がいるんだよな(苦笑)。


東日本と西日本では違うんだ、という事までは知っていても。


その境界線が富士川である事を知らない人は意外といるのだ。


富士川でなくて、大井川とか天竜川だと思っている人もいるしな。


箱根が境界線だって言った奴も私は知っている。




日本は狭いようで案外広いという事の表れだろうか?

作者:

更新日:2008年11月17日 13時4分

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自動車業界での忘年会経験を語る

スコッチです。


11月も後半となり、今年もあと一ヶ月半である。


となれば、そろそろ忘年会シーズンという事でもある。




忘年会といっても様々であり。


会社関係者で行なったり、地域で集まったり、何かのサークルだったり。


交友範囲が広い奴はあちこちに顔を出す奴もいるだろうが。


その中でも今回は会社で行なう忘年会。


特に私が経験した自動車業界の忘年会の一例を振り返ってみたい。


自動車業界といっても、私はディーラーもメーカーも経験があるのだが。


ここではメーカーでの忘年会を主題としたい。




まず、忘年会は世間一般より少し早めに開催されていた。


11月中旬過ぎが多く、本来のそれらしい12月はなるべく回避していた。


12月の方が“忘年”という主旨には合うのだけれど、これには理由がある。


忘年会は宿泊形式が慣例だったからだ。


大抵は温泉街に出向いて行なわれており、12月は予約が取りにくかった為。


少し前倒しでやれば選べる範囲が広がるからであった。




当時の在籍会社の忘年会、といっても最小組単位で行なうのだが(20人程度)。


その宿泊方式の為、忘年会の計画立案は早い。


親睦会の幹事がその仕切り役で年度初頭に新任されるが。


就任早々からこの忘年会企画に動かなければならない。


つまり、4月の時点から11月の事を考えねばならないという重責。


年間を通じて、組親睦会の最大の行事は忘年会なのでね。




宿泊形式とはいったが、大抵金曜日の夜から土曜日の朝というパターンで。


当日は皆フレックスを利用して早じまい、つまり定時割れで現地へ向かう。


ただ、ほとんど会社からさほど遠くない温泉地である。


箱根、伊豆長岡、修善寺、熱海あたりが多かったな。


19時から宴会を始めるので、18時には到着してまず温泉に入りたいわけだ。




何故宿泊形式を選んでいるのかといえば。


これは忘年会兼社員旅行の意味合いもあるからだ。


ま、会社から1時間程度の場所で旅行といえるかどうかは疑問だが(笑)。


でも、それは表向きの理由でね。


本当は自動車業界お得意の女好き根性からだと思う。




コンパニオンが来る事が最大のお楽しみの奴も多いし。


宴会終了後は夜の温泉街に繰り出して、個人的に遊ぶのも自由。


ま、開発実験はほぼ男所帯で女子社員の眼が無かったからできたのだろう。


ただし、コンパニオンがイマイチという場合は。


幹事はその責任を追及されて、次期も再任される可能性も(苦笑)。




私はそんな忘年会を経験してきたのだが。


でも、他社の忘年会とか聞くと何というか。


良く言えば随分お洒落でスマート、悪く言えば大人しい忘年会もあるのだな。




東京在住、都内某企業に勤務の私の従兄に聞いたけど。


「一泊形式の忘年会は一度も経験が無い」と言われた。


都内の居酒屋、寿司屋、中華、イタリアン・・・つまり料理店を団体予約して。


それも今頃から予約して(予約取れるのか?)。


宿泊を伴わないその夜限りの形式だと。


幹事も特に年間通して決まっているわけではないようで。


管理職である彼が部下の誰かにそれとなくお願いしてやるらしい。




私とは随分違う忘年会のスタイルだが。


私の経験談を話すと「そういう形式でやってみたい」と乗り気だった(笑)。


でも、彼の部署は女子社員も多いし。


また、周辺県からの通勤者も多いので現実的には難しいと言ってたけど。


でも、私より学歴高く、出世早く、給与高く、マンション購入済みのクセに。


一度も温泉コンパニオンの経験が無いらしい。


もっと奴にはいろいろな社会勉強してもらわないと困るな(苦笑)。




でも、私の古巣でも最近は忘年会も厳しいらしいよ。


今年も相変わらず温泉らしいけどさ。


会社が遊興費補助を削減しているらしいし。


また、最近その会社ではここ数年リストラが進んでいて。


今回の世界経済危機でも大打撃を食らっており。


冬のボーナスは満額支給されても、年明け早々リストラ発表があるとかで。


忘年会とはいっても、次の不安が見え隠れしていて。


心底忘年会を楽しめないらしいからな。




この経済恐慌はサラリーマンのささやかな楽しみも奪うのだろうか?

作者:

更新日:2008年11月17日 8時0分

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ピックアップトラックはアメリカ車に限る!?

スコッチです。


フォード・マスタングは生き残っているとはいえ。


スペシャリティカーというジャンルが縮小してしまったのは確か。




でも、ものの見方次第では。


実はスペシャリティカーというのは方向性を変えているだけかもしれない。


そう思うのはアメリカ市場を主に世界的人気となっている。


いわゆるクロスオーバーSUVというヤツ。


クロスオーバーSUVというものを解釈してみると。


“SUVの見た目は欲しいが、ヘビーデューティな性能は不要”というもので。


どことなく、その発想の根本がスペシャリティカーに似ているのだ。




でも、スペシャリティカーがそうであったように。


そういう心境のユーザーは潜在的に多いようで。


今のクロスオーバーSUVの絶大な人気を考えると、それもわかる。


特に“高級”クロスオーバーSUVの人気は凄く。


97年のレクサスRX(トヨタ・ハリアー)を皮切りに。


日・米・欧、その後続が出るわ出るわで(苦笑)。


あのポルシェも最初の4ドアとしてそのジャンルを選び。


今やカイエンがポルシェの主力になりつつあるほどの稼ぎ頭となっている。


4ドアが上手くいくかどうか未知数であったポルシェにとっては。


この点では先行の“トヨタさまさま”であろう。




よくよく考えてみればアメリカ車も。


SUVはもちろんの事、ミニバンピックアップトラックといった分野では。


一定の成果を見せてきたとは思う。


スポーツカー不毛、コンパクトカー不得意、高級車は日欧に主導権を奪われと。


かといって、ごく普通のセダンですらこれといって目立ったものもない中で。


特にアメリカ車らしい魅力があって、しかも日欧に無い強味があるジャンルは。


それはやはりピックアップトラックではないかと思う。


シルバラード フォードFシリーズ ダコタ

元々アメリカは税制の関係もあって。


ピックアップを積載目的で使うというよりは、乗用車感覚での使用が多く。


その為に早くから乗用車ライクな快適性を追求してきたし。


何といってもカッコいい雰囲気を追求してきた。


その傾向は50~60年代のアメリカ車隆盛期も。


70~80年代の低迷期でも、90年代の再興期でも。


そして再び凋落し始めた2000年代でも一貫している。


ただ、その巨大さ故に何かと批判もある事は確かだ。




日本メーカーも以前は日本サイズのピックアップを持っていた。


トヨタ・ハイラックスとか日産ダットサン・トラックなどである。


でも、元々ビジネスカーとして作られてきたから。


アメリカン・ピックアップに比べ、パーソナルな雰囲気は無い。


80年代以降はその辺にも気を配り始めるのだが。


お国柄の差なのか。


トラックに遊び心を注入するのがけしからん、という人が多いのか。


どうも急造的なセンスでしかないようなピックアップにしかならなかった。


そう思うと、やはりこの種のクルマは“アメトラ”だなあと思ってきた。




ただ、最近の日本メーカーのピックアップは。


日本仕様を切り捨て、アメリカに特化したピックアップに専念し始めている。


最初からアメリカで勝負する事だけを考えて作られたクルマである。


トヨタ・タンドラとか日産タイタンとかだね。


最初からアメリカンサイズを取っているし、雰囲気も完全にアメリカンだ。


タンドラ 日産タイタン

不思議なものでカムリあたりがアメリカに媚びるのは嫌になるのだが。


ピックアップはアメリカンになると。


従来の日本型は何だったのかと言いたくなるほどセンスが飛躍する。


ただ、やはりそのセンスはアメトラから吸収したものである。


本家本元のアメリカ車が培ってきたセンスである。




今や数少ないアメリカ車の強味である部分のピックアップ。


私は興味あるところだが、日本での使用となると及び腰になりそう(苦笑)。


北海道くらいでしか悠々と乗りこなせないのではないか。


もしかすると、その辺を考慮して日本への正規輸入に消極的なのかな。


となると、輸出を考慮するとダウンサイジングを視野に入れねばならない。


そうすると合理的設計を考えなければならないけど。


そういうのはアメリカ車が不得意な部分であり、その辺で苦悩するだろうな。




アメリカ車はその大きさが批判の対象になりやすいわけだが。


かといって、小さくなるとアメリカ車らしくないと批判され。


別途新たに小型車を作れば“下手”と罵倒される。


これじゃ、ビッグスリーの内部じゃ「一体どうしろってんだ」となっちまうだろう。


実は70年代以降のビッグスリーの苦悩はそこだったのかもしれない。




でも、当のアメリカでも巨大なピックアップは一時の勢いを失っているようだ。


原油高騰で燃費を気にすようになり。


経済危機でそもそも新車購買の意欲が一気にダウンしてしまったからだ。


一連のテレビ報道でアメリカの新車販売不振に関する映像などを見ると。


モータープールにダブついたままのピックアップの大群を見る。


数年前までならどんどん出荷されていたであろう人気車だったのに。




この状況ではお得意のピックアップも行く末が危ういのか?


ただ、クルマ好きとしてはアメトラの伝統と文化が消えるのは惜しいのだ。

作者:

更新日:2008年11月16日 13時26分

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マスタングの栄光と影響力

スコッチです。


アメリカ車においてはスポーツカーというジャンルは。


ほとんどコルベットに集約されるような歴史であったと思う。


スポーツカー不毛だったと言えるかもしれない。




でも、面白いものでアメリカという国自体は。


世界最大のスポーツカー市場なのである。


90年代以降は保険料高騰の問題が出てきたり。


最近では件の経済危機で自動車市場もガタガタし始めているが。


それでも今のところはスポーツカーの有力市場なのは確か。


ポルシェ、フェラーリ、MG、フェアレディZ・・・


どれも何だかんだでアメリカが最大のマーケットであり続けたし。


また、特に最近は一層アメリカの顧客好みに傾倒してきた。




でも、ビッグスリー自身は自国のその市場に対して。


スポーツカーを自ら作ることは稀であった。


長年その命脈を絶やすことなく続いてきたのはコルベットのみ。


スポーツカーの少なさはアメリカ車の謎の一つだが・・・




ところが、隆盛期のビッグスリーは商品企画のセンスが冴えていた様で。


大衆のスポーツカー人気とか憧れというものに。


実は本格的スポーツカーではなく“その雰囲気だけが欲しい”という。


そういう人々が潜在的に多いのだと見抜いた結果。


“見た目はスポーツカーだが、中身は乗りやすいセダンベース”


そういうコンセプトの元、誕生したのが64年のフォード・マスタングだ。


いわゆるスペシャリティカーの元祖である。


マスタング(初代)


このマスタングの主導者といえばリー・アイアコッカ。


ただ、日本ではクライスラー会長時代の彼の方が有名かもしれないが。


今から20年程前は確かにクライスラー会長として。


日本車排斥のような対日強硬派として、日本側をタジタジにさせ。


どちらかといえば日本人にとって、あまり心証のよろしくない方だが。


ただ、自動車屋としての経歴は数々の実績があり。


特にクライスラー移籍前、フォード在籍時代にそれが集中している。


その最大の実績がマスタングだと言える。




確かに今思えばマスタングの成り立ちは単純だ。


でも、最初にやった時は画期的だったのだろう。


特に当時のアメリカ車は全長6メートルに迫る“恐竜”が多かったので。


コンパクト(アメリカ車としては)で、スタイリッシュ、でも乗りやすい性格。


そして現実的な価格とフルチョイスシステムの導入などで。


たちまちマスタングは大ヒットする。




マスタングの大ヒットはライバル社を刺激し。


シボレー・カマロ、ダッジ・チャージャーなどの競合車種を生み出す。


そして、スペシャリティカーはアメリカ車だけでなく。


その影響はヨーロッパや日本にも飛び火する。


中でも一番影響を受けているのは70年のトヨタ・セリカだろう。


当時のトヨタのエンジニアもマスタングへの憧れを隠さず。


ズバリ「マスタングのようなクルマを作りたい」と。


セリカ(初代)


フォードはマスタングをファルコンという量産車ベースで作ったが。


トヨタ・セリカはカリーナをベースに作ったのは周知の通り。


でも、面白いのはセリカの為にトヨタはわざわざカリーナを作った事だ。


その点はマスタングと少々事情が違うのだけれど。




でも、セリカは今やトヨタのラインナップからは消えた。


セリカ消滅以前には既にプレリュードシルビアも消滅したし。


それはクーペ人気の降下によるところが大きいわけだが。


かつてS13シルビアを所有していた私としては寂しい時代である。


でも、マスタングは今でも現役なんだよね。


フォードも財務事情が厳しいから今後はどうなるのかわからないが・・・


フォロワーが次々に消滅して元祖だけが生き残っているという。


それは偶然なのか、はたまたフォードのプライドなのか。


マスタング(6代)


今のマスタングは初代のデザインソースを近代的にしたものだ。


ミニ、ビートル、チンクチェントと同じ手法である。


こういう手法をどう見るかは人それぞれだが。


ただ、メーカーもクルマ好きもマスタングといえば。


やはりそのイメージを初代に求めてしまうのだろう。


私もそうだし、何だかんだで初代のイメージの現行型に好印象をもつ。




マスタングもまたアメリカ車隆盛期を代表するクルマなのである。

作者:

更新日:2008年11月16日 8時25分

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シボレー・コルベットの伝統と今後

スコッチです。


キャディラック・シックスティーン、お蔵入りですかね・・・


GMも今回ばかりはそれどころじゃない、というのはわかりますが。




ところで、GMといえばシボレー・コルベットも忘れてはならない。


“コーヴェット”という発音の方が近いと言われていますけど。


コルベットは長らくアメリカの代表的スポーツカーであり。


スポーツカー不毛のアメリカ車の中にあって。


1953年の誕生以来そのポジションを守ってきたクルマです。


そういう成り立ちゆえに固有のファンも多く。


キャディラックとはまた別の意味でアメリカ車のプライドといったところ。


コルベット(C1)  コルベット(C2)

でも、コルベットは確かにGMの、アメリカ車のシンボルなんですが。


ここまで継続できたというのは奇跡であるかもしれない。


特に90年代半ばにはC4(4代)でコルベットは終了という噂があり。


C5(5代)は誕生が危ぶまれていた。


でも、ファンの声、クルマ好きの声が通じたのか。


結局C5は登場したし、その次となる現行C6も登場した。




ただ、コルベットはどう見てもGMに利益をもたらすクルマではない(笑)。


そこを考えればGMの経営戦略としてはドライに見切る事もできた。


でも、その決断が脳裏をよぎりつつも続行を決めた。


まだまだ自動車屋魂が残っているんだなと思わせてくれた。


一方で、日産は倒産寸前だった事もあるけどZを打ち止めしようとしたし。


2000年代はトヨタのスポーツカーのリストラが連発した。


日本メーカーもその点ではGMに対して威張れたモンじゃないよ(苦笑)。




でも、今の絶体絶命のGMではコルベットもどうなる事やら。


コルベットの命運の前に、GMの命運がどうなるのかという状態だからね。


次期型(C7)どころじゃないだろうけどな。


でも、伝統あるスポーツカーが消える日っていうのはたまらなく寂しい。


そうならない事を願うけど・・・




でも、私がコルベットに心底関心を寄せ始めたのはここ10年程。


C5になってからで、このC5と今のC6には関心がある。


C4はデザインだけは関心があったけど(笑)。


というのは、C3のマッチョさからシャープで華麗になったからだ。


これは実はフェラーリのデザインが影響していると言われているが。


当時のGMのデザイン統括者のチャック・ジョーダンが。


熱狂的なフェラーリ・ファンで心酔していた事がその要因とも言われている。


コルベット(C3)  コルベット(C4)


コルベット(C5)  コルベット(C6)


さて、それでは何故C5やC6に関心を寄せ始めたのかといえば。


結局C4で終了濃厚だったところに、入魂のC5を作ってみせた事。


また、その為C4までの“直線番長”なだけの大雑把さからの脱却とか。


それは世界の舞台で戦えるスポーツカーという考えへの転換でもあり。


これまた世界を目指し始めたキャディラックに通じる部分であった。


良い意味でのアメリカ車の変化を感じたからだと思う。




ただ、面白いもので私はその“変革”以降のコルベットが好きなのだが。


“古典派”コルベットが好きな人はあくまでそちらが好きな人が多いって事。


それはデザイン的にも、走りのフィーリング的にもだ。


彼らは例えばC3のマッシブで下品なあのデザインが好きなのであり。


大味でも大陸的おおらかさのある走りのC3が好きらしい。




でも、C5やC6でも古典的アメリカ車の良さは残されている。


その良さを残しつつ、従来にない入念な作り込みを行なっていると思う。


その良さとは何かといえば、やはりアメリカンV8だろう。


アメリカ車といえばV8というイメージだが、今では少数派だ。


フェラーリV8の芸術性でも、セルシオV8の近代工業の英知でもないが。


今や希少のアメリカンV8、しかも“お約束”でOHVという。


今時のスポーツカーでOHV?と思われるかもしれないが。


別にGMに技術がないからOHVなのではなく、“あえて”OHVなのだ。


これにより例のドロドロ音を生み出している。




エンジン音というのは特にスポーツカーにとっては肝だと思うが。


面白いもので、音に対する感性は多様なので。


フラットエンジンのバキュームっぽい音が好きな人もいるし。


ソレックスキャブの音が好きな人もいるし。


今のところスポーツカーには無いディーゼルの音が好きな人もいる。




一般的に魅力的な音だと思われている、フェラーリとかBMWとか。


その音が必ずしも万人にとって魅力的な音とは限らないのだ。


だとすれば、当然アメリカンV8の音というのも有りで。


アメリカ代表のスポーツカーとしてこの選択は理解できる。


もっとも、AT主体だからトルク派のOHVの方が妥当だというのもあるが・・・


(ただし、アメリカ本国ではコルベットはMT率が高いと聞くけど)

作者:

更新日:2008年11月15日 16時30分

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70年代以降のキャディラックは・・・

スコッチです。


高級車といえばキャディラック、そういう時代があった。


1950~60年代がまさしくその時期であり。


同時にそれはアメリカ車の全盛期、ビッグスリーの全盛期でもあった。


ただ、残念ながら私はこの時代に生まれていないので。


その活力に漲っていた頃のアメリカ車を実感できていない。


こういう点においても、昭和一桁~団塊世代というのは。


クルマに関して言えば、実に良い時期を共にする事ができたと思う。


昨日11月14日、69歳の誕生日を迎えられた徳大寺有恒さんなどは。


正にその世代にドンピシャではないか。




ただ、その後70~80年代はアメリカ車が低迷して。


その頃のアメリカ車の印象から入っている私にとっては。


そりゃ何といっても“体たらくなアメリカ車”という印象が起点で(苦笑)。


それより何より、この時代の新たなるリーダーであるドイツ車。


そこにばかり注目していた私なのであった。




この時代のアメリカ車は本国でさえ追いやれつつあった。


同時にそのアメリカでは日本車が押せ押せであり。


あまりのその勢いにさすがに台数規制を要求せざるを得なくなり。


これが例の輸出自主規制へとなり。


さらには85年のプラザ合意へと繋がってゆく。


この頃は日本経済の絶好調、アメリカ経済の打撃という構図であった。




とはいえ、この時は単なる貿易保護主義というわけでもなく。


日本メーカーも現地工場を作り雇用促進に貢献してみたり。


また、ビッグスリーとも協力関係を持ち。


例えば日本のものづくりの源泉でもある品質意識を取り入れたり。


こういう努力によって短絡的なジャパン・バッシングは静まってゆく。


アイアコッカのような人もいたけど、彼のことはまた後日書こうと思う。




その日米協力の成果が出始めるのが90年代だった。


少なくともこの頃からアメリカ車の信頼性も上がってくる。


ただ、それが劇的な人気回復に繋がったいうわけでもないが・・・


91年に登場した新型のキャディラック・セビル/エルドラード辺りからか。


この時のセビルは品質面だけでなく。


クルマ作り全般として初めて強く世界を意識したような感じがあった。


というのは、“ザ・アメリカ車”であったキャディラックが。


この時はややヨーロッパ車的な方向に振ってきたからである。


ズバリ言えばメルセデスの方向である。


セビル エルドラード

良く言えばそれはキャディラックの国際化であり。


日欧の名だたるライバルに立ち向かおうとする表れであったが。


一方でアメリカ車ならではの良さはどうしたんだとも。


その点は確かに別途フリートウッド・ブロアムとか。


はたまた追って登場するコンコースが受け持ったとも見れるのだが。


でも、例えばフロアシフトになったATセレクター一つとっても。


それがGMの考える国際化であったのかもしれないが。


コラムシフトATというのはある意味ではアメリカ的合理主義なわけで。


その辺を捨て去ったのは惜しいと思った。


コンコース

また、本来キャディラックというのは先進技術の牽引役でもあったが。


90年代以降のキャディラックはそういうものがないわけではないが。


どうしても50~60年代のような一目置かれる技術に欠乏した感もある。


90年代はGMもまだ今よりも余力があったはずだが。


結局この頃からそういう部分はトヨタに奪われつつあったという事か。




ところで、そんなGM、そんなキャディラックではあるが。


ここ数年で私が驚愕した出来事があって。


それは今のところはコンセプトカーの領域でしかないし。


GMがこの状況ではそのプロジェクトも凍結かもしれないけど。


2003年のモーターショーでお目見えしたシックスティーンというモデル。


その名の通り、V16エンジンを搭載した超弩級のキャディラックである。


シックスティーン チゼータV16T

実は戦前にキャディラックにはV16があったらしい。


世間で有名な市販のV16はチゼータだが、キャディラックにあったとは・・・


一般的に最上のエンジンはV12と言われているが。


V12は何とか接する機会があるだろうが、V16は想像すらできない・・・


だからこそ、このV16が再度世の中に出てきてくれるのを楽しみにしていた。


不景気な時だからこそドカンと大きな一発が欲しい気持ちもあるし。


また、メルセデスやロールスにばかりいい顔させんぞという意気込みもいい。


アメリカ車の巨大さもここまで突き抜けていりゃ、もう評論を超越する(笑)。

作者:

更新日:2008年11月15日 10時25分

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キャディラックとリンカーン

スコッチです。


確かにビッグスリーは経営危機の最中にあるが。


そういう中だからこそ、アメリカ車とは何か考察してみたいところだ。




まず、ビッグスリーから支援を要請されているアメリカ政府であるが。


特にそのトップである大統領、次期は言うまでもなくオバマ氏だ。


その大領専用車は伝統的にアメリカの代表的高級車が採用されてきた。


それは自国に有力な自動車メーカーがあるという事もあるし。


アメリカにとって自動車産業が象徴であった事もあるし。


また、過去においてはアメリカ車が世界の最先端であった事もある。


それら事情により、大統領専用車も“当然アメリカ車でなければばらない”と。


アメリカ国内においてもアメリカ車劣勢という状況下だが。


それでも大統領の公用車はやはりアメリカ車でなければならないのだ。


その領域にメルセデス・ベンツやレクサスは不可侵なんだね。




キャディラック(GM)リンカーン(フォード)がその伝統を担ってきた。


アメリカの高級車はその昔は多々存在していたけど。


今日まで継続しているのはこの両ブランドだけだ。


ただ、最近の大統領専用車はキャディラックの時代が長くて。


リンカーンの実績が寂しい状況になっているね。


オバマ次期大統領は果たしてどちらに乗るのだろうか?


ま、個人的な好みで選べるわけじゃないけどな・・・




ただ、キャディラックがキャディラックらしい。


あるいはリンカーンがリンカーンらしい。


その分野の一つというのはリムジンだろうから。


やはりアメリカ車はサイズ無制限にすると生き生きとするよ(笑)。


今の世の中は「アメリカ車は巨大でけしからん」なんだけどね。


日本車やヨーロッパ車は一部に巨大さ、過剰さがあるだけだが。


アメリカ車は全体的に巨大だから、批判の対象になるのだろうけど。


それでも50~60年代の隆盛期よりはダウンサイジングしているけど。


ただ、リムジン作りに関してはアメリカ車の良さが出せる部分かと思う。


問題は私を含め多くの消費者には無縁のクルマという事だが(苦笑)。


キャディラック リンカーン

でも、アメリカ車、特にキャディラックについて言うと。


その過去の偉業は自動車史上欠かす事ができないものであり。


同時にそれは世界のほとんどのメーカーが影響を受けており。


また、我々今日のユーザーにとっても非常に深い関係がある。


それは概して言うと“イージードライブ”の実現という事だが。


正にキャディラックはその先導を担ってきたクルマなのだ。


パワーステアリング、パワーウィンドウ、パワーシート、パワーブレーキ。


エアコン、更にはクライメートコントロール(オートエアコン)。


そしてAT(オートマチック・トランスミッション)といった技術導入の先駆。


キャディラック・エルドラード

そもそもアメリカ車はT型フォードで、自動車の量産化&大衆化を行なったが。


その後キャディラックを代表に“ドライブの大衆化”を実現している。


それは自動車史において極めて重大な出来事だったはずだ。


今ではこれら装備が完備されたクルマに乗っている人も多いだろうし。


完備されずともいずれかが備わったクルマにお乗りの方がほとんどだろう。


現代のクルマ乗りたちはキャディラックの過去など意識はしないだろうが。


知らず知らずのうちに、そこと通じているのは間違いない事である。




あと、エンジンのセルフスターターの実現もキャディラックだ。


官能美エンジンの権化のようなフェラーリだって。


結局スターターが装備されているから、容易に始動可能なわけで。


その点においてはフェラリスタもキャディラックに感謝せねばなるまいて。


いやいや、それを言うと世界中のクルマがそうなってしまうけどな(笑)。




この各種イージードライブシステムを武器に。


1950~60年代のアメリカ車は世界の最先端を突っ走ることになる。


この時代はようやく本格的にクルマ作りを始めた日本車も。


あるいは自動車の歴史はアメリカ車より長かったヨーロッパ車も。


少なからずアメリカ車を横目で見ながらクルマ作りに勤しんでいた時代。


正にあの時代のアメリカ車は世界中の羨望の的であったわけだ。




ちなみに50年ほど前の日本では外国車=アメリカ車だったという。


更には終戦直後くらいだと自動車=アメリカ車でもあったそうだから。


でも、今の日本では外国車=ヨーロッパ車、特にドイツ車だが・・・


それは70年代以降急速にアメリカ車が失速してしまい。


それに代わって台頭してきたのがドイツ車であり。


また、そのドイツ車をベンチマークに80年代から日本車も発展を遂げる。


その時代にはアメリカ車は片隅に追いやられてしまった。




ちょうどその頃に私は生まれ育ってきた為。


それ故に例のドイツ車至上主義者になってしまった感がある。


そんな私にとっては当時のアメリカ車は全くの注目外なのであった。


段々クルマに対する知識を身につけて行くにしたがって。


やがて50~60年代のアメリカ車の強さを知る事にはなるのだが。


それを知ってしまうと。


ますます70~80年代のアメリカ車の体たらくに対する失望を高める。




ただ、50~60年代のアメリカ車が実現してきた技術は。


その後、ドイツ車や日本車が上手く引き継いで進化&洗練させたと思う。


その代表はやはりメルセデス・ベンツトヨタであり。


特にトヨタはクラウンで積極的にその投資をしたと思うのだ。


トヨタが見事だったのはアメリカ車の大味とは一線を画し。


日本的な芸の細かさを見せた事だ。


オートエアコンの絶妙なコントロールといい、ATの制御の良さといい。


今や日本車がその方面でハイレベルである為。


イージードライブの本家は日本車だと勘違いする人もいるんじゃないか?


でも、本家はアメリカ車、特にキャディラックというわけだ。

作者:

更新日:2008年11月14日 11時7分

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オバマ次期大統領、最初の試金石

スコッチです。


前回のブログで書いたように。


日本の現状はその指導者たちの薄っぺらさにより。


現状打破の機運すら見えてこない状況だが。


海外に目を向ければ最近のアメリカ大統領選のように。


何か新しい時代が見えてきそうな動きもある。


本当にそうなるかどうか、今のところわからないけど。




アメリカも様々な問題があるとはいえ。


少なくとも国民は政治を自分たちの行動で変えなければダメという考えで。


民主主義の根本はあるところは救いだな。


国の歴史は日本の方が長いけど、その辺は日本はまだまだか。


政治家も本気が感じられないが、国民も相変わらず“お上”に弱いのだ。




ところで、オバマ次期大統領は就任前から難題が山積しているが。


我々自動車関係から見れば、やはりビッグスリーにどう対処するのかと。


既にビッグスリーからアメリカ政府に対して支援要請があるわけだが。


果たしてスンナリ経済的バックアップを行なうのかどうか。


少なくともブッシュ現大統領は任期切れまではぐらかす気配濃厚だし。


結局、自分のツケを後任のオバマに押し付けるだけだろう。


この件はオバマにとっては最初の試金石となると思う。




このビッグスリーを公的資金で救済するかどうかという問題は。


①公益でない自動車産業に資金援助する事は正しいのか


②また資金援助して持ち直す見込みがあるのか


③この事例を作ると、自動車産業以外からの要請を断りにくくなる


など①②③のような考えからすれば通りにくい事案だろうし。


④自動車産業は裾野産業、倒産は失業者を一気に増やす


⑤失業者の急増は生活保護など社会コストの圧迫にもなる


⑥オバマの支持層は自動車系労働者が多い


こちら④⑤⑥の観点に立てばムゲに断るのも難しい。


全くの挟み撃ち状態である。


有効な手立てが思い浮かばないが、かといって考慮時間も無い。




これは個人的な想像でしかないけど。


最悪の事態、つまりはGMやフォードが消える事になれば。


それはおそらくトヨタが消えるどころの比ではないように思う。


いかなる企業も永遠という保証はないけれど。


巨大企業になればなるほど好調時の稼ぎが大きい反面。


それが消えるような状況でもその巨大さが響いてくる。


正にビッグスリーは今その渦中にある。


また、そのビッグスリーの動向について最も注意深く見守っているのは。


他ならぬトヨタではないかと思う。




以前の日米経済関係からすると。


ビッグスリー不振時には日本メーカーへの輸出自主規制を求めたり。


あるいは日本市場でもっとアメリカ車を買わせる為に。


いろいろな無理難題も突きつけられてきたものだが。


今回のように倒産危機という事態にもなると。


本当に倒産してしまった場合、日本メーカーにも一肌脱がせるかもしれぬ。




例えばビッグスリーの失業者を日系メーカーで引き取らせるとか。


そういう事も考えられなくもないと思う。


もし、今の日本が小泉&竹中&奥田の政財界であったなら。


それは実現してしまう可能性があるんじゃないか?


ほら、彼らはアメリカの言う事はよく聞くでしょう(苦笑)。




でも、日系メーカーも増員するほどの仕事なんて今は無いだろう。


そうすると、彼らを日本の拠点に連れてくるか。


もしくはアメリカの現地拠点に日本国内から仕事を移管するか。


そんな話にまで飛躍してしまう可能性もある。


となると、今度は日本人労働者が追われて失業してしまうかもしれない。


(既に日本国内では非正規社員からリストラが始まっているのに・・・)


ビッグスリーの倒産危機は決して日本とは無縁ではないのだよ。

作者:

更新日:2008年11月13日 15時45分

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後ろ向き発想の指導者と、翻弄される国民

スコッチです。


こちらは久々に快晴となり、過ごしやすい気候である。


でも、世相は少しも快晴に向かってくれないねえ(苦笑)。


迷走中の定額給付金の件といい。


「関東大震災はチャンス」の件といい。




しかも、この両件には共通点らしきものがあって。


その政策、発言が極めてネガティブなものだって事。


“それくらいしか思い付かない”という何とも小粒なものだ。


麻生首相もさ、首相就任前は。


べらんめえ口調で威勢のいい事(失言も含め)を放言してた割には。


就任後は萎縮しているか、丸投げか、開き直りかだろ(苦笑)。


秋葉原では「暗い顔するな、モテねえだろ」みたいな演説したみたいけど。


あんたの政策こそ暗くて後ろ向きで、国民を暗くしているんじゃないか!




「関東大震災はチャンス」といったあの兵庫県知事も。


早速、石原東京都知事に「役人出身の浅知恵」と切り返されたけど。


あの知事の釈明もあるとはいえ。


大方の人にはやはり「他人の不幸は何とやら」という発想にしか聞こえないのでは。


現実的には東京の一極集中は疑いないところだし。


もし今、関東大震災が発生した場合にその被害は想定以上とも思える。


耐震技術や防災意識は85年前の元祖・関東大震災より進んでいるとはいえ。


あの“コンクリートジャングル”では大地震でどんなパニックになるか・・・




私は静岡県在住なんだけれど、神奈川県寄りの為。


おそらく次回の関東大震災での影響はあるだろうと思う。


1923年9月1日の時には当然私は生まれてはいなかったけど。


私の祖父母がその関東大震災経験者であり、話は聞いたことがある。


祖父母は既に他界したが、おそらく私が存命中に起こる可能性はあるよね。


正直言ってその恐怖が想像できないのだが。


それでも関東大震災が来るであろうという認識はある。




兵庫県は言うまでもなく、95年1月17日に阪神淡路大震災を被った。


正に近年国内最大級の震災地である。


13年経たとはいっても、あるいは街が平常になったようには見えても。


特に被災者は多かれ少なかれその恐怖やトラウマを抱えていると思う。


そんな中で現知事のあの発言は県民の古傷を考えていないように見える。


そういう人が県のトップという事に兵庫県民はどう思われるのか?




また、阪神淡路大震災によりやむを得ず兵庫を離れた元県民もいるだろう。


その中には東京を主に首都圏へ移ってきた人もいるだろう。


そんな人たちにとっても今回の発言はどう聞こえただろうか。


彼らは関西で被災して、今後は関東でも再び大震災を被る可能性がある。


何かで読んだけど、藤原紀香は震災を機に東京へ出てきたそうだが。


そんな彼女には今回の件について見解を聞いてみたいね。




ただ、今は政治家とか官僚とか経営者限らず。


我々一般国民のレベルでも「次なる手」というものに対して。


どうもネガティブな、その場凌ぎな、安易な発想が見受けられる事が多い。


だからバラマキする、大震災待ち、挙句の果てには戦争待望論まで・・・


最近多い「殺すのは誰でも良かった」という通り魔的殺人事件もそうだし。


すごく短絡的で、少しも建設的じゃないんだよな。




一連のニュースについてそう思ったので、このように書いてみた。


皆さんはどうお考えでしょうか?

作者:

更新日:2008年11月13日 10時56分

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