8月2日に広島へ行った。諸々の事情でこの日でなくてはならず、一方ほかの事情で3日日曜日の16時には帰宅しなければならなかったため、早朝4時半に家を出て東京発6時ののぞみ一番列車に乗るという、実に眠たいスケジュールとなった。
(こんな早朝では8割の乗車率だろう)と高をくくっていたが、自由席の2号車は品川を出たあたりでほぼ満席。世間一般ではもう既に夏休みシーズンであることを感じた。
ところでのぞみ1号博多行といえば、それはイコール最速マシン500系……だったのだが、今はN700系に置き換えられており、新幹線車両の代替わりの速さを改めて感じてしまう。そのN700系の特徴といえば、やはり足元のコンセント。せっかく窓側の席を確保できたのだから、ノートPCのACアダプタを挿してひと仕事orひと遊び、と思わなかったわけではないが、広島到着までとにかく惰眠をむさぼる。だって昨夜は1時半まで起きてたんだぜ?
広島駅からは可部線に乗り換えて大町へ。大町からさらに新交通システム「アストラム」に乗り換えて長楽寺駅へと向かう。ううむ、ある程度予想はしていたが、広島の市街地からは結構な距離を感じてしまう。
さて、その長楽寺駅で下車して徒歩3分余、ついにたどり着いたのが目的地「広島市交通科学館」だ。

玄関を入るといきなりこれ。フェラーリ512BBが、まるで前座のような扱いだ。

背中合わせで展示されているのは、512BBのライバルにして、かのスーパーカーブームの最大の立役者、誰もが憧れたランボルギーニカウンタックしかもLP500S。これも無料で、ごく間近で見ることができる。

そのほか無料で見られる車両の数々。
これら名車を前座に追いやってしまった、「まぼろしのスーパーカー展」の真打……それは。

マツダRX500、そして童夢-零だ!

マツダRX500は1970年のモーターショーに出展された高速走行実験車。マツダの倉庫に30数年間放置されていたものを、このたび修復して展示の運びとなった。

一方の童夢-零も、ひと月以上にわたる長期間貸し出すのは例外的とのことで、ふたつの「まぼろし」が並んだスーパーカー展なのである。
ところで、愛用のコンパクトデジタルカメラ、コダックV570はレンズが小さいため、屋内の大スペースを撮影するとどうしても画像が暗くなる。そこで予備機として持ってきた35mmフィルムの一眼レフ、アルファスイートの出番となったのだが、なんと電池切れ。チケットの半券があれば再入場可なので、外のコンビニへと買い物に出かけたが、なんとカメラ用の乾電池CR2が売っていない。フィルムも感度400の27枚撮だけしかないし……。結局、炎天下を30分ほど行きつ戻りつして、大きなドラッグストアで無事にCR2を購入できたのだが、フィルムカメラの衰退というものを感じてしまった。そろそろデジタル一眼を買うべきか?
さて、何故に8月2日だったのかというと、その日の14時からトークショー「マツダRX500開発秘話」があったため。デザイン担当の福田成徳氏、エンジニアリングの濱谷照夫氏、さらに今回のRX500修復を手がけた栃林昭二氏が予定外の参加をされた、実に濃密な1時間だった。
特に印象に残ったのが最後の最後、観客との質疑応答での濱谷氏のお話。「テスト走行でわかってきたRX500のいいところ、悪いところはなんですか」という質問に対し、「それがわかるほど走れなかった」との答だった。
――本来はコスモスポーツの後継者として、「200km/hオーバーでの走行を前提とした高速実験車」として生まれたのに、なんだか「マツダ50周年記念車」という位置付けになってしまった。モーターショーに出展したら大反響となって、海外含めてあっちこっちに引っ張りまわされ、そのうち別のプロジェクトが動き出して、だからほとんどテストというテストができなかった――
なまじインパクトのあるデザインとコンセプト、そして完成度だったがために神輿と担がれてしまい、実験車としての本来の目的を果たせぬままに長い眠りに付いた……。こうした点でもRX-500は悲運の名車といえるだろう。
しかも、その「別のプロジェクト」から生まれたのがサバンナRX-7という大成功作なのが、また何ともやるせない話である。
その他、関心をもったポイントを箇条書きにしてみる。
・とにかく200km/hオーバーは未知の世界だったが、「止まる」性能は充分でなければならないという考えから、4ポットキャリパー・ベンチレーテッドディスクブレーキを採用した。でも周りを見ると2ポットばかりで、ちょっとやり過ぎだったかな、と濱谷氏は苦笑。
・同様の理由でエアブレーキの装備も検討していたが、「余計なことをするな」と主査に怒られた、と福田氏苦笑。
・砲弾型(コーダトロンカフォルム)なのは主に空力的な理由。ただ、市販を意識すると、このサイズではライトウェイトスポーツとは言い難いし、メインの市場はアメリカだからグランツーリスモ(GT)に仕立てる必要があった。そのため、エンジンルームの上にラケッジスペースを設ける構想もあった。でも、ミドシップレイアウトというのは色々とシビアだから、そんなことはできませんでしたと福田氏。
・実験車なので室内へのベンチレーションは考えてなかった。フェンダーミラーのインテークから室内に空気を取り入れている独特の構造になっているが、どうも話し振りからすると、吸気口はそれだけだったらしい。
・なんだかんだいっても、市販されたときに売れるデザインでないと駄目。リアセクションのデザインは、実際に製作された「グランツーリスモ」以外に、後のRX-7風のグラスハッチを備えた「クーペ」、大きなリアウイングを付けた「レーシングマシン」の3種類があり、最も空気抵抗が小さいGT型が選ばれたものの、市販するとしたらクーペになったのではないか、と福田氏。
・会場に用意されたRX500の5分の1クレイモデルはパルサーEXAよろしく、リアセクションが「GT」「クーペ」「レーシング」と換装可能なもの。福田氏はそれを使って、「はい、じゃあこのデザインが一番良いと思う人手を上げてください」「じゃあこっちのデザインのほうが良い人」と、即興でマーケティングリサーチ。一番人気はやはりクーペ?

上が「クーペ」、下が「レーシング」。
トークショー全体から受けたRX500の印象は「いびつな車」。単なるデザインスタディやお祭り用のコンセプトカーではなく、本気の「高速走行実験車」。それ故、数々の先進的要素が盛り込まれているが、そのほとんどは現実に可能なレベルのもので、その意味では地に足の付いた車だった。しかし一方、市販された場合まで視野に入れて考えたら、色々と根本的に足りない部分がある――。きわめて流麗なフォルムの内面に、そうしたいびつさ、アンバランスさを内包していることがRX500の魅力ではないかと、改めて思い至った。